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贈り物

神戸で通勤するかのように通っていたお店が何軒かあることは、皆様ご周知の通りですが、その中でも父の代から親子でお世話になっているお店が元町にあります。

そのお店の大将にお孫さんが生まれました。

おめでとー!!

その孫の母?マコりんが生まれてすぐベビーちゃんの写真を送ってくれました。

かわいー男の子です。

出産祝いを贈らなきゃと思い始めてはや2ヶ月・・・。

早くしないとベビーが幼児になる。

そうだった。ハンドメードの女王Dolce Far がいるではないか!!

彼女は、昔のバイト仲間。

昨年の誕生日に自転車をもらったマスターのお店で一緒に働いていました。私のほうが後から入ったのに、断然年上というだけで何かと立ててくれます。

で、彼女のブログをのぞくと、そこには素敵なストールが♪

ヤフオクに出品するとのこと。

え、え、え、わしもほしー!!

慌てて連絡したところ、別枠でつくってくれることに。

わーい☆うれしっ。

ブログに掲載されていたのと色違いとを2つお願いしました。

ささやかな大人買い。

これです。

070410_195501_2 

激重宝。

麻ですが、まったくちくりともせず、とても気持ちよい。

この季節、肌寒いときの首周りにはぴーーーーったりのお品でございます。

そしてとっても丁寧に作ってくれているのが伝わってきます。

この春はこれです。

そんでそんで、このストールで満足して忘れかけていましたが、探していたのはベビーちゃんの贈り物です。

予算と「こんな感じ」と適当なリクエストをしたところ、つくってくれたのがこの品々。

Baby_sty_1

よだれかけ・・・ベビースタイというのだそうです。

リバーシブルです。お名前いり。

これと、後にひざ掛けとして利用できるオクルミをセットにしてこんな素敵なギフトにしてくれました。

Baby3

どうどう??

おばちゃんだいぶ感動してるんですけど。。。。。

センス良くないですか?

このブログのRECOMENDにもURLのっけてますのでぜひごらんあれ。

ソーイングだけでなく、彼女は料理もうまい!ってかすごい。性格は男前です。

尊敬。

そしてまた新たに製作依頼しました。

出来上がったら教えちゃう。

SKNちゃんよろしくね!!

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だめな子

今週に入り、仕事も交友関係も円滑に進み、大変うれしゅう存じます。

そんな時こそはっぴーなブログを。

と、書く気満々ではありますが、昨夜大好きなマダムと大変素敵なひと時を過ごしすぎたため、本日私はだめな感じ。

二日酔いですが、なにか?

普段はできるだけ飲まないようにしている日本酒も、マダムとマスターがあんまりおいしそうに飲むのでつい・・・。

緑川うまいぜ。

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笑顔な人

Tully'sのアニー、毎朝おいしいコーヒーありがとね。

クロネコの高橋さん、どんな荷物もネコちゃんに運んでもらっちゃう。

駒込の女神マダムF、あなたに会うと人にやさしくなれます。

J社長、その包容力がある限り、つまんない親父ギャグがんがんに受け止めますよ。

S、「大丈夫だよ」にどれだけ救われたことか。

この人たちの笑顔でビール5本は飲めます!!

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決断-その2-

時間がたって執筆意欲が薄れてきた。

なんてあさはかな人間でしょうか・・・。

でも書くよ。

思いが伝わらなかったのであきらめたとこまで書きました。

その時の社長の質問「じゃあ、あなたが言うところのプロデューサー業務ってどんなこと?」

・・・。

私「もう結構です。この話をするのは二度や三度じゃないですよね。ってことは何度言っても理解していただけない、伝わらないということのようなので、退職します。」

大変感情的になりました。言い方がね。

その時同席していた社の人にも、感情的にならず、どうせ辞めるなら穏やかにことを進めたら、的なことを言われました。(それもどうかと思うけど・・・)

確かにそうです。

大人気ないなとちょっと反省。

しかし!!

「では4月20日(1ヶ月先の締め日です)をもって退職させていただきます。」と言った後に、

「え、何で4月なの?別に辞めたいなら今日でも明日でもいいよ。」

私の言い方が不適切で、怒りを買っての発言であれば、人として当然だと思います。

でも彼はまったく普通に、怒りをこらえてる様子もなく、私が激昂していることすらも不思議な様子でそう言ったのです。

火に油を注ぐなと・・・。

社会人の常識として、自己都合の退職には最低ひと月前の申し出が当然かとおもいましてね。

あ、そ。社長がそうおっしゃるならそうさせていただきますよ。

その後は不思議と落ち着きました。

後悔というか、「言っちゃった!!」みたいな気持ちもありませんでした。

ただ、出向の身である私。

退職したんだから当然出勤する必要はないのですが、通常通り行きました。

途中電車の中で「あれ?」とは思ったけど。

そして出向先の社長、上司に事情を説明したところ、理解を頂き、今後のことまで検討してくださいました。

それがよ、またしても仇となるとは・・・。

すべてがそうではないけれど「心」=「言葉」だから、適切な表現をする努力は必要。

不快であっても感情表現も時には大切、と思うのです。

私みたいに激しいのもよくないけど。

・・・長いよね、この話。

私もそう思う。

で、次回に続く。

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2nd high heels

2nd high heels
東京生活最初の買い物がこのハイヒールです。
と言っても昨年12月に買ったんですけどね。
色はわかり辛いですがウグイス色、ヒールの高さは多分8cmくらいかな。
デザインも含めかなり気に入ってます。硬いとこを歩く時のコツコツ言う音まで。
長時間履くとだいぶダメージくるけどね。

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決断-その1

ちょっと今日のは長いので、頑張って読んでくださいね。

私はインターネットテレビの制作・配信会社で、制作部のアシスタントプロデューサーとして働いていました。

いました。。。。。

辞めました。

理由は3つ。

ひとつ、「ものを作る」という仕事に対する経営陣との認識の違い。

ふたつ、経営能力の欠落、危機管理に対する意識の低さ。

みっつ、「心」が伝わらない、伝わってこない。

これだけだとムズカシそーに聞こえますが、なんちゃーない。

まず、ひとつめ。

私の仕事は番組が企画されてから実際に制作に至るまでに、クライアント(スポンサーである場合も)や出演者と打ち合わせをし、その番組の監督であるディレクターにつなぐことが主です。

小さな会社なので、それだけではなく、ADの代わりのようなことだってするし、パシるし、できることはなんでもやります。

この会社でなくても、時間と容量と技術が伴えばなんでもやるのが仕事の基本としているので、それは大してストレスにはなりません。かっこいい~!!すいません(^^;)

で、昨年末に恩師であるプロデューサが急逝し、社内の組織や体制が変わりました。

スタッフは更なる向上を目指して意見を出し討論した結果、その体制とやらに従うことに納得しました。

私たちが一番懸念していたこと、「ここだけはちゃんと軌道修正してほしい」ってことを全員で訴え、上の人たちは理解し受け入れてくれたと思っていたのです。

それがおーまちがい。

その軌道修正の流れにはもちろん私が携わる必要があります。

でもそこがスコーンと飛ばされたため、その後の流れに大いなる影響がでました。

そのためにクライアントと制作スタッフとの間に溝ができる、できかける、ということもおこるし。

定例ミーティングのときに「それ○○さん(私)になんでやってもらわないんですか?そうしてもらわないと僕たち困ってます。」とディレクター達が再三言ってくれました。

私も言いました。

が、出向へ行かされました。

みんなは????????????????????????????????です。

なぜこの少人数で、なおかつプロデューサー業務が円滑に進んでいないと訴えている今、その当の本人を出向へいかせなならんのだ!!!!!!と。

会社が経営困難で、私が出向へ行くことで多少緩和されるなら、それはしょうがないかなと思っていたのも事実なので、まだ決定前「あなたの意見は?」と聞かれた時にその通り伝えたところ

「でも全額でないのよ。」

「・・・・・・。」

出向先の社長は頭が良く、行動力経営力も兼ね備えた人。

私が出向することによって会社にこーんなメリットがあるよーって話で、テレビ会社社長をその気にさせるのなんて、赤子の手をひねるようなもの。

「全額でないのよ」と言ったのは経理担当者ですが、社長ももちろん同じ考えで、出向を躊躇していたのに、そんな話なんてまったくなかったかのような笑顔。

手のひらを返すとはこのこと。

あんなに「あの人(出向先の社長)は秒速で言うことが変わるから気をつけろ」だのなんだの言っていたのに、マッハで変わった話を鵜呑みにして、スキップして帰るつもりか!って勢い。

スタッフ全員の意見を聞いてから最終決定すると先方に猶予をもらい、再度会議で話し合ったところ、前回とまったく同じ意見でした。当たり前だよね。

でもその意見はなぜ、何のために聞いたのか、わからない。

いまだに。

次の日出勤したら「□□(出向先)14日からね~」だって。

それから1ヶ月間、週一回のミーティングにのみ参加し、時には時間変更も伝えられず、制作にはまったく携われない日々を送りました。

私、何しに東京へ来たん?

毎日毎日考えた。

「3」を書いたころがそうだったのかな。

出向先での仕事はやりがいもあるし、社長の考え方や仕事の進め方には大いに賛同しているので、それ自体に何も不満はなかった。

でも制作に関与しないなら制作会社にいる意味なんてあるのかなって思った。

出向だから仕方がないんだろうけど、会社としては意味があるのかもしれないけど、私の人生だからね。

人を不幸にしてまで自分にメリットを与えようとは思わないけど、仕事は考え方や条件に不満や認識のずれがあれば、話し合って改善するかやめるしかない。

で、会社に思いのたけを話したところ、再三再四異口同音に言ってることがまったく理解されていないので、あきらめました。

毎回、わかった、といっていたのはなんだったんだろう。

はあ~なが~。

疲れてきたでしょう。

私も疲れてきた。

この話ここに書くかどうかずっと迷ってた。

でもね、すべて文字にして残そうと思う出来事がおこりました。

だからしばらく続いて面白くない話かもしれませんが、書きます。

今日に至るまでの経緯を書き残します。

ので続く。

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